松の御殿

古江聰忠

2014年10月01日 07:21

中津神社の建立の前は、「松の御殿」でした。

江戸時代に参勤交代や江戸藩邸定住の諸緩和令により

文久2年(1862年)江戸藩邸におかれていた大名の妻子は帰国を許された。

文久3年に本丸下ノ段西側に新殿が創られ「松の御殿」と呼ばれました。

明治4年の廃藩置県により妻子たちは、片端町の立木深兵衛邸に移りました。

その後、松の御殿は小倉県や大分県の中津支庁舎として使用されました。

明治10年3月.西南戦争に参戦する「中津隊」(隊長 増田宗太郎)の焼き打ちにより焼失しました。

明治16年3月、その地に中津神社が建立されました。